物を 遂うかぎり 自分の心を次第に見失っていく

2016.09.07 Wednesday 12:46
0

     

    あー・・・・・

    だいぶ久しぶりのブログになります

     

    いつぶりだろうな〜

     

    いつもいつも、

    「今日、このことブログに書こう」と思うのに

    30分すぎると忘れる・・・

     

    やっぱり何事も習慣にしないとダメですね

     

    ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

     

    今日のタイトルを思いついたきっかけは

     

    価値を「お金や物」に置いている方々を観察したときに

    お金や物は大切だけど、どうしてそれまでにそのことに強い執着を求めるのだろう・・・と

    考えた場面がありました

     

     

     

    例えば・・・

     

    家を買いました

    うれしい気持ちでワクワクしてたのに

    ある時、一気にその気持ちがダウンしてしまう人がいます

     

    それはなぜか・・・・

     

     

     

    家を買うとはそれを「所有」したことになります

     

    「物の所有」とは「他人との比較」を生みます

     

    「比較」とは「勝者」と「敗者」に結びつく考えになりがちです

     

     

     

    「お隣さんより、大きな家(値段が高い)を買った」という感情は優越感を生みます

     

    「お隣さんの家よりうちは小さい(値段が低い)」という感情は劣等感または、敗北感を生みます

     

    それらのこころの背景には

     

    「競争心」があり、勝った負けたということで

    物やお金という目に見える形で、安心したい(私は相手より勝っている)と思いたい感情なのだと

    思いました

     

    しかし反対側の土地にまた別の人が大きな家を建てたら

    その優越感は長続きせず、今度は敗北感になるかもしれない

     

    決してお金や物に執着することが悪いとは言いませんし

    それはそれぞれの価値観です

     

     

    ただ・・・・・・

     

     

    私たち人間という欲の塊の生き物はそれでは

    キリがないと思うのです・・・・

     

     

     

     

     

    心とは

     

    お金に代替えされないものであり

     

    求めようと思えば誰でも求められる

     

    しかも求めても失うことがないもの

     

    奪い合いもひけらかすこともない

     

    所有も比較も競争もないもの

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

    category:人生 | by:metasinricomments(0)trackbacks(0)
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